20cmフルレンジスピーカーの魅力 その2
初の限定ユニット、FE206Superと方舟進水
乙訓 その後、1988年6月にFE206Superが発売されます。
炭山 方舟(長岡鉄男氏のVA<AV>ルーム)が1987年ですからその後すぐですね。
乙訓 このFE206Superが限定スピーカーとしては初めてのモデルになります。
炭山 そうですね。
乙訓 「Super」という名前自体は「UP203Super」というモデルですでに登場しています。
炭山 確かにそんなモデルもありました!
乙訓 これはスペシャル感はそんなになかったと思います。
炭山 懐かしいモデルです。それこそ振動板よりも大きなマグネットでした。UP203スーパーの写真をみると比率がおかしい感じがします。マグネットは大きいですがバックロードホーン向けではなかったですね。
乙訓 そうです。違います。
炭山 どちらかと言えばJBLのLE-8Tに近いような振動板に大きなマグネットがついていたモデルです。
乙訓 UPシリーズは密閉箱ベースの設計でした。密閉が中心で「バスレフは邪道」のように見られていた時代があったような気がします。
炭山 このモデルはアコースティック・エア・サスペンションには合わなかったような記憶です。特徴的だったのは振動板のカーブが「S字」の斜面になっていたことでしょうか。面白いユニットだと思いました。
乙訓 そうです。それこそJBL LE-8Tから始まるような「1個で何とかしよう」というような考え方のモデルでした。FEシリーズのように軽い振動板ではなく、しっかりとした振動板で何とかしようという考え方です。振動板には白い塗装が施してあります。JBL だと 4311 などが振動板に厚めの白い塗装がしてあります。UPの場合はそこまで厚くはないのですが、そのような流れでの塗装です。その後発売されることになるF120AやF220Aも色は黒に変わりましたが同様の流れです。
炭山 F120AやF220Aも終了してしまいましたよね?
乙訓 そうですね。
乙訓 UP103とかUP203というモデルはマグネットは大きいですが、バックロードホーン向きではないのです。塗装コーン、S型コーン、フォームエッジで、UP103はキャップがチタン合金でした。
乙訓 1988年6月にFE206Superを出した時の資料が手元にあります。「超オーバーダンピングのユニットですので十分な低音再生を行うのは極めて困難、それをご認識の上でご活用ください」と書いてあります。売る側がこのような言い訳をしないといけないほど常識外れのユニットだったんです。それでもやってみようという…
乙訓 使い方についてもメーカー(フォステクス)としては提示していなくて、「『長岡鉄男のスーパーAV』を見てください」と取説にも書いてあります。
その後、色々なエンクロージャーが誌面で発表されることになるわけですが。
炭山 2000年までは長岡先生がたくさん作っておられました。
乙訓 D-55まではFE206Superでいくわけですね?
炭山 そうですね。D-50とD-55は別物でしたが。
乙訓 D-55は今でも使えそうです。今から D-55を作るかというと難しいかもしれませんが。
炭山 今だとD-58を作ってしまいそうですね。
乙訓 D-55を持っている人ならそのまま使えますが、新たにつくるならD-58ということでしょうか。
炭山 そうですね。
乙訓 FE208スーパーは1990年10月に再度発売されています。
乙訓 なお、このモデルからフレームの形状が角形から丸型に変わりました。それまでのフレームの型が老朽化して使えなくなってしまったタイミングで、4箇所で止める方式から8箇所でしっかりと止めたいという考えが反映された形状になりました。
乙訓 これも賛否両論ありました。フレームを丸くすると角形のように2つのユニットを近付けられなくなってしまいます。それまでのD-7とかD-70といったダブルのバックロードホーンにはそのままでは取り付けられないので、作り直さなければなりません。ただ、その時点でD-50などのシングルのバックロードホーンが上手くいっていたということもあって、シングルのバックロードホーン向けに丸型でも良いのではないかということになりました。
炭山 その時のタイミングでフォステクスのダイキャストフレームはフルレンジからウーハーまで全部丸型になりましたね。
乙訓 フレームが丸型になったのと同時に、この先ドライバーをどうしていくかということも踏まえて、フレームの奥行きを少し深くしています。この当時のFW200(20cmウーハー)などはもっと振幅がとれる構造にすることが必要でした。CDの時代になって低音の入力のされ方が違ってきたのも要因の一つです。
炭山 その時に振幅が大きくとれるように変わったわけですね。
乙訓 ダイキャストフレームを新しくするにあたって、振幅をとれるように深くすると、同じ振動板とダンパーを使った時はボイスコイルが長くなり、三点接着(振動板とダンパーとボイスコイルを1箇所で接着する方法)ではなくなってしまうので、一部に反対する声もあったのですが、個人的にはデメリットよりもメリットが大きいと考えていました。三点接着では支点が一箇所なので、支える部分のスパンが縮まり、大振幅時にフラフラしてしまうことがデメリットだと感じます。私としてはよりしっかりと支えて振幅させたいという意識がありました。
炭山 色々な歴史があるんですね。
乙訓 どう作るかについては色々と考え方があります。私の場合は安定して振幅させたい。支点と支点は距離があったほうが安定しますよね? あまりにも近付けすぎた場合、小さな振幅の場合は問題ありませんが、大きく振幅したときのことも考えなくてはいけません。
炭山 それこそホーンでもつけない限り振幅はどうしても大きくなりますね。
司会 今でこそ10cmフルレンジが主体のような感じになっていますが、当時は20cmフルレンジが主体で、限定品も20cmからということだったのですね。
乙訓 そうですね。10cmフルレンジは若干「おみそ」「サブシステム」のような扱いだったと思います。住環境の問題もあるかもしれません。まだ20cmを置くスペースがあったのかもしれません。
炭山 四畳半に20cm2発のバックロードホーンとか、ALTEC の銀箱(幅65cm、奥行き50cm、質量50kgほどもある38cm同軸2wayのスピーカー)を置いているなんてケースもありました。
乙訓 他に置く物がなかったということもあるかもしれません。
炭山 今の時代38cmなんていう口径を使っている人はほとんどいないと思います。
乙訓 当時8インチ(20cm)は大口径ではなかったですからね。
炭山 スピーカーといえば15インチという感じでしたね。
乙訓 12インチもコンパクト、8インチならさらにコンパクト。それ以下はハイファイではない・・・という感じでした。住居の気密性は今よりはるかに低いので、多少の音漏れにもおおらかな時代だったのかもしれません。
炭山 煙突からは黒い煙がもくもく出て、オーディオマニアは音をガンガン漏らすという。すごい時代だったのかもしれません。
乙訓 建物の気密性が高くなると音はこもることになるので音量は下がっていきますね。
乙訓 FE208スーパーが発売された当初、「おとなしくなった」と言われたんです。
炭山 はいはい
乙訓 これは原因が分かっていて、フレームを8点で留めると、その影響でフレームの鳴きがピタッと収まったわけです。
角形のフレームで4箇所しか留まっていない時は、ネジとネジの間隔が広くて、その間でフレームが鳴いてたわけですね。
炭山 「あの耳に痛いところが無くなっちゃったんだよ」なんて話は聞いたことがあります。
乙訓 「フルレンジは鳴ってナンボ」という文化が出来ていて、おとなしくなって寂しくなったという。
炭山 この先のFE208SS(1996年)からFE208ES(1999年)になったときも同じようなことが言われました。
乙訓 モデルチェンジする時は基本的には質を上げて前のモデルよりも良くしようとします。音楽を聴くための「質」です。FE208スーパーのときもFE206スーパーの時より聴きやすくはなっているんです。
炭山 「聴きやすく」というのは意図的設計方針だったのですね。
乙訓 そうですね。ただ音圧は前のモデルよりも上げろという至上命令はありました。限界はあるんですが。
乙訓 音楽を聴いて「この方が良いな」という作り方はしていました。ただ、一部のユーザーや、社内でもプロモーションをしている人たちとは必ずしも同じ意見ではなかった部分はあったかもしれません。「ドヒャーン!」という音をどこまで許容できるかというのは人によって違うのですが、そのような方向性で進んでいたのはあると思います。
炭山 品位は上がりつつも、山の頂点は高く、頂角は鋭く、ということだったのかもしれませんね。その頂点はFE208SSだったのだろうと思います。行き着くところまで行き着いたという。
乙訓 もはや付いて来られる人が少ない、孤高の存在と言えるかもしれません。
炭山 それが良いと今でも使っている人がいるんです。
乙訓 そういうところで存在価値はあるんです。それを音響的に評価して最高と言えるかとはまた別の観点になるんですが。
6N-FE208SSとD-58の誕生
乙訓 話が前後してしまいましたが1996年11月に発売されたのが「6N-FE208SS」です。このモデル向けに設計されたのがD-58ですか?
炭山 そうです。それとD-150「モア」です。「オーディオフェアで鳴らしましょうよ」と長岡先生をそそのかしたのは私です。
乙訓 6N-FE208SS の前には6N-FE208スーパー(95年7月)というモデルもあります。
炭山 これ向けに作られたのがD-57です。
乙訓 6N-FE208スーパーはFE208スーパーを改良した最新バージョンでボイスコイルに6Nワイヤーを使ったものです。
炭山 当時の高純度ワイヤーブームは凄かったです。
乙訓 これの前に高純度の素材として7Nというのが出たんですが、フォステクスでは採用できませんでした。6N-FE208スーパーは私自身は担当していませんが、ほぼボイスコイルワイヤーしか変更していないと思います。
乙訓 その後2000年にFE208ESが登場します。
炭山 ここで20cmはしばらく間隔が空いたんですね。他の口径が色々登場していました。
乙訓 他の口径は16cmの6N-FE168SS、10cmの6N-FE108ESとか6N-FE88ESなどです。
炭山 6N-FE168SSでは鳥型のD-168(スーパーレア)が出ました。 CW型はFE168Σ用につくられたD-37がそれにあたります。長岡先生は6N-FE108ESでは新しいスワンは作らなかったんですね。そのままD-101S(スーパースワン)で使っておられました。スーパースワンですでにやり切った感があったのかもしれないですね。
乙訓 D-101S(スーパースワン)は現代のFE108SS-HPをつけても通用してますからね。
炭山 本当に凄い作例だと思います。音楽之友社で長岡先生の作品のトップ10のアンケートを取ったら1位は共同通信で発表したスーパースワンだったという。
乙訓 出版社を超えた名作ですね。
炭山 6N-FE88ESではスーパーフラミンゴをはじめ、沢山の作例が発表されました。
FE208ES、HP振動板のフルレンジが衝撃のデビュー
乙訓 それらを経てFE208ES(2000年)が発売されます。
炭山 これが出来たときの衝撃たるや。
乙訓 FE208ESは前期タイプと後期タイプがあります。
炭山 ありますね。エッジの形が違います。
乙訓 即答ですね。
司会 当時はインターネットが出始めの時期で、ネット上ではその情報が飛び交っていました。
乙訓 後期タイプにはアップロールエッジの部分にV型の溝が入っています。
乙訓 FE208ESの振動板はバナナパルプが主体です。それにいくつかの素材を混ぜています。FE208ES-Rも振動板は違います。
炭山 あれは何もかも違いました。オークションなどは凄い値段で売られています。
乙訓 FE208ESの磁気回路は反発磁気回路という特徴的なものでした。磁束はかなり強くなりますが、ウィークポイントが出てきてしまうところもあります。
司会 取扱説明書にはわざわざBL値が他のモデルと比較して掲載されています。
乙訓 「BL値を上げる」の一点突破で、音響性能を上げることについてはあまり触れられていません。振幅応答の改善については触れられています。素早く動いてすぐに止まるという点に着目すれば軽い方が良いです。一方で強度は劣ることに繋がりやすいので、もちろん個々の性能向上は重要ですが、なによりそれらのバランスが大切です。
炭山 FE208ESは鳴らし込みに時間がかかるユニットだったイメージです。
乙訓 作例も変わった形のものでした。ユニットの下に段差があります。
炭山 凄いですね。
乙訓 後期モデルの取説にはなんとこの作例は載っていません。D-58ESが載ってる…
一同 笑
乙訓 振動板は、このFE208ESからHP形状になりました。
炭山 HPの形状は衝撃的でした。いまだにフォステクス以外のブランドからは出てきていないですね。フォスターとどこかが組んでもおかしくないような気がしますが。
乙訓 HP振動板のユニットが使われた商品は16cmのHP振動板のウーハーを搭載したモニタースピーカー「NF-1」が1999年に発売されています。
その後のフルレンジの振動板設計の歴史は、10cm→20cm→16cm の順になっています。商品化の順序とは違いますが。最後に開発された16cmではかなり彫りが深くなっています。
炭山 FE168ES(HP振動板の限定フルレンジスピーカー)が出てきた時は彫りの深さにびっくりしました。
乙訓 10cm は軽くスジがある程度、20cm になると少し深くなり、16cmではハッキリと山と谷があってゴリゴリッっとしています。作ってみることでどのくらいまでいけるのかが分かってきて徐々に深くなっています。
乙訓 HP振動板によるメリットは2つ、剛性の向上と共振の分散です。
炭山 圧倒的な向上ですね。
乙訓 中心から外周に向かって同心円状に一様に変化するカーブドコーンの形状も剛性はしっかりしています。ただそうは言っても単純な形状なので、そこで起こる共振のモードは決まっていて、鳴くところが出てきてしまいます。これを振動板の設計でコントロールするわけです。材質で工夫したり、Sol でやったような二層抄紙などの工夫もそうなのですが、限界はあります。
乙訓 素材や製法によるアプローチだけではなく、形状も工夫したのがこのHP形状というわけです。リブが入ることによって面の剛性が上がります。また中心から外側に向かって放射状にリブが入っているので、振動するときの剛性には有利です。横同士の部分はうまく共振が分散するようにという考え方です。
炭山 直線の組み合わせによって作られた曲面ということですね。
乙訓 そうですね。理論上はそうなのですが、実際に振動板の形にするときは全てがそうはなりませんが、その理論を応用して作られたものです。